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浦和地方裁判所 平成3年(ワ)800号 判決 1994年4月22日

原告

中島龍雄

右訴訟代理人弁護士

八戸孝彦

被告

新井俊雄

(以下「被告新井」という。)

被告

甲野一郎

(以下「被告甲野」という。)

右両名訴訟代理人弁護士

海老原夕美

岡村茂樹

高野隆

石河秀夫

主文

一  被告らは原告に対し、各自金二六七万円及びこれに対する平成二年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

但し、被告らにおいて金二〇〇万円の担保を供するときは、供した被告に対する仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一九三三万〇七〇〇円及び内金一七六三万〇七〇〇円に対する平成二年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者及びその関係

(一) 被告新井は、埼玉県川口市末広<番地略>所在のアライ荘(以下「アライ荘」という。)を所有している。

(二) 被告甲野は、埼玉県弁護士会所属の弁護士で、被告新井の顧問弁護士である。

(三) 被告新井は原告との間で、昭和六二年一一月二日、被告新井を貸主、原告を借主として、アライ荘三〇一号室(以下、「本件貸室」という。)について、賃料等一か月金七万三〇〇〇円、期間二年の約定で賃貸借契約を締結し(以下「本件賃貸借契約」という。)、引渡した。

2  被告らの責任

被告らは、原告が留守中の平成二年六月一日、原告に無断で本件貸室に入り、本件貸室内にあった原告所有の全ての家財、衣類等を全て廃棄した(以下「本件廃棄処分」という。)。

被告らの右行為は、原告の所有権を違法に侵害するものであり、故意若しくは右行為を適法であると信じた点につき少なくとも過失があるから、民法七〇九条に基づき、原告の被った後記損害を賠償する責任がある。

なお、仮に、被告ら主張のように実際に本件廃棄処分を行なったのが由本敬次朗(以下「由本」という。)であったとしても、被告らは、同人が本件廃棄処分を行なうことを十分承知して右家財等の処理を由本に委ねたのであるから、右責任を免れることはできない。

3  損害

(一) 財産的損害

前記本件廃棄処分当時、本件貸室内には、原告が所有する別紙物品目録一ないし一二四の物品(以下「本件物品」という。)が存在していた。本件貸室の間取りは、別紙図面のとおりであり、本件物品は概ね同図面記載の各位置に存在している。

本件物品の時価は、別紙物品目録の時価欄記載のとおりであり、一部算定不能で不明のものを除き合計金一二六三万〇七〇〇円であるから、原告の被った財産的損害は右と同額である。

(二) 精神的損害

本件物品は、ほとんど原告自身が購入したもので愛着が深いばかりでなく、これだけの物品を再度買いそろえるには相当な労力が必要である。また本件物品の中には、原告が営む金融業において貸金回収のため不可欠の書類も含まれており、貸金の回収業務に支障をきたしている。

以上のように原告の受けた精神的打撃は大きく、これを慰謝するために必要な金員は五〇〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用

原告は、本訴提起前に被告らに対し話し合いを求めたが、被告らは全くこれに応じないので、原告訴訟代理人に依頼し、本訴を提起した。原告が同代理人に支払いを約した報酬の内金一七〇万円は本件不法行為による損害である。

4  結語

よって、原告は、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自金一九三三万〇七〇〇円及び内金一七六三万〇七〇〇円に対する不法行為の日である平成二年六月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び主張

1  認否

(一) 請求の原因1(当事者及びその関係)の事実は認める。

(二) 同2(被告らの責任)のうち、平成二年六月一日本件廃棄処分がなされたことは認め、その余は否認する。

(三) 同3(損害)の事実は否認する。

2  主張

(一) 被告らの不関与

原告は、本件貸室の賃料を平成元年一二月分以降滞納したので、被告新井は原告に請求しようとしたが、原告はいつも不在で郵便受けにも多量の郵便物がたまった状態であり、同人と連絡をとることはできなかった。

平成二年一月一五日ころ、被告新井が原告の内妻黄ほうさい(以下「黄」という。)に対し、未払賃料の支払いを請求すると共に原告の所在や連絡先を尋ねたところ、同人は、「原告とはもう無関係であり、所在も知らない。自分に言われても迷惑である。」旨述べた。

更に、被告新井は、原告を同人に紹介した由本に原告の賃料滞納の事実を話し、善処するよう依頼したが、由本も原告と連絡をとることができなかったので、同年二月ころ、右事情を被告新井の顧問弁護士である被告甲野に話して、今後の処理方法について相談したところ、同人からもうしばらく様子を見るように言われた。

同年二月下旬ころ、原告から被告新井に対して手紙が届いたが、同人がフィリピンにいることや逮捕されたらしいことは窺えるものの、原告自身の具体的な所在や連絡先などは不明であった。被告新井は、右手紙の中で原告が連絡先として指示している場所に連絡してみたが、やはり連絡はつかなかった。

その後も原告からは何の連絡もなく賃料の滞納が続いたので、被告新井は、後述するように本件賃貸借契約の連帯保証人であり、本件貸室の遺留品の管理処分権を有する田中辰興(以下「田中」という。)に対し、滞納している賃料の支払い又は荷物の引き取りを求めたところ、同人はいずれも拒否したため、被告らは後述する本件賃貸借契約の約定に基づき遺留品の処分をすることにした。

同年六月一日、被告らは、田中の同意を得て原告の遺留品を処分することになったが、その際、被告甲野は、後日問題にならないように、現場の写真を撮って遺留品目録を作成し、貴重な物があれば由本が保管し、その他は廃棄業者を通じて処分するように指示した。ところが、由本が被告らに無断で、解体業者である株式会社内山商事(以下「内山商事」という。)を通じて、同日、現場の写真も撮らず、遺留品目録も作成しないで本件廃棄処分を行なったのである。

従って、本件廃棄処分は由本の独断で行なわれたものであり、被告らは右処分に何ら関与していない。

(二) 本件条項に基づく処分

(1) 本件条項

本件賃貸借契約の際に原告と被告新井との間で取り交わした賃貸借契約書(以下「本件契約書」という。)第七条には、「賃借人が本契約の各条項に違反し賃料を一か月以上滞納したときまたは無断で一か月以上不在のときは、敷金保証金の有無にかかわらず本契約は何らの催告を要せずして解除され、賃借人は即刻室を明渡すものとする。明渡しできないときは室内の遺留品は放棄されたものとし、賃貸人は、保証人または取引業者立会いのうえ随意遺留品を売却処分のうえ債務に充当しても異議なきこと。」という条項(以下「本件条項」という。)がある。

(2) 管理処分権の授与

イ 明示の授権

原告は本件賃貸借契約締結に際し、田中との間で、本件賃貸借契約に基づく債務に関し連帯保証契約を締結すると共に、本件条項を受けて自分が不在になった場合の遺留品の管理処分権を同人に対し授与した。

ロ 黙示の授権

仮に、明示の授権がなかったとしても、原告及び田中は、本件条項を理解した上で本件契約書に署名押印しているのであるから(但し、田中については押印のみ)、原告から田中に対して、黙示的に遺留品の管理処分権が授与されたというべきである。

従って、仮に、本件廃棄処分について被告らに何らかの関与があるとしても、右処分は本件条項に基づいて本件賃貸借契約の連帯保証人であり遺留品についての管理処分権を有する田中の承諾を得て行なわれたものであるから適法である。

(三) 自力救済

民法は、自力救済を原則として禁止しているが、司法的手続によっては権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合には、その必要な限度を超えない範囲内で例外的に許されている。

本件においては、(二)で述べたとおり、あらかじめ自力救済の合意がある上(本件条項)、(一)で述べたとおり原告は所在及び連絡先不明のまま賃料を六か月滞納しているのであり、更に原告は本件貸室をフィリピンダンサーの住まいとして利用していたことから安全性の観点からも一刻も早く明渡を受ける必要があり、右特別の事情があるというべきである。

従って、本件廃棄処分について被告らに何らかの関与があり、本件条項のみによっては直ちに適法とはいえないとしても、自力救済として違法性が阻却されるべきである。

三  被告らの主張に対する原告の認否及び反論

1  被告らの主張(一)(被告らの不関与)のうち、原告が不在であったこと、原告が被告新井に手紙を送ったことは認め、その余は否認する。

原告は、平成二年一月末ころ、フィリピン滞在中に誤認逮捕されたため、同年四月ころ、被告新井に対しその事情及び帰国後に滞納分は必ず支払う旨手紙で連絡した。

原告は、フィリピン滞在中も平成二年二月分までは内妻の黄を通じて賃料を支払っており、それ以前に賃料を滞納したことはない。

2  同(二)(本件条項に基づく処分)(1)(本件条項)の事実、(2)(管理処分権の授与)イ(明示の授権)のうち原告が田中との間で連帯保証契約を締結したことは認め、イのその余の事実及びロ(黙示の授権)の事実は否認する。

本件条項は、法の禁止する自力救済を認めるものであり、また借家法六条にも違反する疑いがあるから無効である。

仮に、有効であるとしても、遺留品の処分は、賃借人が客観的に賃借権を放棄したと認められるような特別な事情の存する場合に限定して解釈すべきところ、本件廃棄処分当時の本件貸室は、賃借人が夜逃げをしたというような状況ではなく、家財道具等もそろい、普通に生活していることが明らかな状況であったから、本件廃棄処分は違法である。

3  同(三)(自力救済)は争う。

四  抗弁(過失相殺)

仮に、被告らに損害賠償責任があるとしても、原告は、自ら国外に出て連絡先を知らせず、六か月も賃料を滞納し、管理を任せていたという内妻及び連帯保証人たる田中に適切な指示をしていなかった点に過失があるから、過失相殺がなされるべきである。

五  抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因1(当事者及びその関係)、同2(被告らの責任)のうち、平成二年六月一日に本件廃棄処分がなされたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、請求の原因2(被告らの責任)について検討する。

1  いずれも成立に争いのない甲第一八ないし第二一号証、第四〇号証、乙第一号証の一及び二、第二号証、第九号証、第一〇号証の一ないし五、第一一号証、第一二号証、第一五号証の一及び二(但し、田中作成部分を除く。)並びに四ないし八(第一五号証の四及び八は原本の存在と成立についても争いがない)、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二九号証、被告甲野の本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第三号証、第四号証、弁論の全趣旨により原本の存在と成立の真正が認められる甲第一号証、乙第一五号証の三、証人田中の証言、原告本人尋問の結果、被告新井の本人尋問の結果、被告甲野の本人尋問の結果(但し、後記採用できない部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。

(一)  本件賃貸借契約締結に至る経緯

原告はもともと栃木県の自宅に居住し、暴力団山口組の東北総括責任者をしていたが、右山口組を脱退した昭和六二年五月ころ、右山口組関係者等から身を隠すため、家財道具等は右自宅に残したまま、ほとんど身一つで知り合いの羽島某が埼玉県川口市元郷に所有するマンションに移り住んだ。しかし、その後右マンションが競売になったため、新たに住まいを探すことになった。

被告新井は、酒、食料品の卸売りを業とする株式会社アライ(以下「アライ」という。)の代表取締役である。

被告新井は、昭和六二年八月ころ、ビルを建築し、一階部分をアライの酒屋の店舗及び倉庫、二階をアライの事務所、三階を賃貸部分(アライ荘)として利用し、右アライ荘についての賃貸借契約の仲介及び管理を、不動産業を営む由本に依頼していたところ、昭和六二年一一月二日、原告と被告新井との間で本件賃貸借契約が締結された。

田中は、由本及び原告の知り合いであり、本件賃貸借契約から生じる原告の債務について、被告新井との間で連帯保証契約を締結した。

(二)  本件貸室の利用状況及び原告の生活について

原告は、昭和六一年にフィリピン人のポップレテツナイ・ロサリ(以下「ロサリ」という。)と結婚し、昭和六三年ころ、ロサリの母親のためにフィリピンに家を建てた。ところが、ロサリはフィリピンに一時帰国した後日本に戻って来なくなったので、原告は同人と別れることにして、昭和六三年一二月ころから黄と生活するようになったが、黄は池袋にアパートを借りていたため、原告及び黄は右池袋のアパートと本件貸室とを往復する生活をしており、平成元年一〇月ころからほとんど池袋のアパートで生活していた。

原告は、栃木県にいたころは金融業を営んでいたが、川口に来てからはフィリピンパブと共にフィリピンからダンサーを集めて他の店に派遣する人材派遣業のような仕事もしていた。更に、平成元年の初めころからは不動産関係の仕事も始め、その後、同年三月ころからは右不動産関係の仕事に専念するようになった。

原告は、仕事柄フィリピンを含め海外に行くことが多く、昭和六三年及び平成元年は一年のうち約半分は海外で生活していたが、その留守中は黄の生活費や本件貸室の賃料支払いのために同人に現金、預金通帳等を預け、更に本件貸室の鍵を預けて部屋の管理を任せていた。

原告は被告新井に対してフィリピンの土産を渡したこともあり、原告がフィリピン等海外にしばしば行っていることは被告新井自身も知っていた。

(三)  原告の長期不在及び賃料滞納について

原告は、平成元年一一月二一日、フィリピンにいるロサリのところへ一週間の予定で行ったのであるが、トラブルが生じて同人を告訴したところ、逆に拳銃密売、麻薬密輸入の疑いで告訴されてしまい、その結果平成元年一月末ころ原告は逮捕され、その後平成二年一〇月四日まで日本に帰国することはできなかった。

原告は被告新井に対して、黄を通じて本件賃貸借契約に基づく賃料を平成元年一二月分までは支払っていたものの、それ以降賃料の支払いは滞っていたため、平成二年二月ころ、フィリピンから被告新井に「賃料の支払いを猶予をしてほしい、何かあったら黄のところに連絡してほしい。」旨記載した手紙(乙第一号証の二、以下「本件手紙」という。)を送った。

(四)  本件廃棄処分に至る経緯

被告新井は、平成元年一二月ころ、由本に対し、原告の賃料が未払いになっていることを話した。被告新井としては、原告がまたフィリピンに行っているのだろうと思っていたものの、平成二年一月一五日ころ偶然黄と出会って、賃料延滞の事実を話し原告の所在を尋ねたところ、同人から一切関係ないと言われて不安に思い、アライと顧問契約を締結している被告甲野に相談した。

他方、由本も被告甲野に相談したが、被告甲野は、もうしばらく様子を見るように言ったのみで特に具体的な指示はしなかった。

その後、被告新井は、同年二月ころ、原告から本件手紙が届き、前記のとおり、既に黄には原告とは無関係であると言われているものの、念のため原告が指示する黄の連絡先に電話をしてみたが、やはり連絡をとることはできなかった。そこで、同年二月末ころ、被告新井、由本及び被告甲野がアライの事務所に集まり、被告新井は本件手紙を見せて被告甲野に今後の処理を委任した。

由本及び被告新井は、被告甲野から保証人である田中と連絡をとるように指示されたため、同人と連絡をとって事情を説明したが、同人は、「未払賃料は支払えない。自分の部屋は狭いので原告の荷物は引き取れない。被告新井は酒屋を営んでいて倉庫があるのだから被告新井のほうで原告の荷物を預かるべきだ。」と言った。

その後も原告と連絡をとることができず、賃料は未払いのままであったので、平成二年五月下旬ころ、被告甲野は本件契約書に本件条項がある以上、田中の同意があれば本件貸室内の物品を処分して明渡しを行なっても適法であると考え、明渡確認書(乙第二号証、以下「本件明渡確認書」という。)を用意した。同年六月一日、アライの事務所に由本、田中、被告新井及び被告甲野が集まり、田中は由本及び被告新井と共に本件貸室の中を見た後、被告甲野から本件明渡確認書に署名、押印するよう求められた。本件明渡確認書には、「本件賃貸借契約は、本件条項により本日解除され、明渡が完了したことを確認する。本件貸室内の遺留品は、本日、同建物において廃棄処分した。」旨記載されているため、田中は、原告の荷物は少なくとも被告新井が倉庫に保管すべきであると抗議したが、弁護士である被告甲野が本件条項を示して「法的に問題がない、田中には迷惑がかからない。」と言ったのでやむを得ず立会人、保証人として署名押印した。

被告甲野は、由本や被告新井に対して特に遺留品の目録を作ることや本件貸室内の写真を撮ることを具体的に指示しなかったために、このようなことがされることなく、また、被告甲野自身は一度も本件貸室内の状況を確認しないまま、同日中に本件貸室内にあった原告の物品は全て、由本が依頼した内山商事の従業員によって運び出されて廃棄された。

なお、被告新井は、同日中に右物品が全て運び出されることを知っており、これらの物品の保管場所が具体的に決まっていないので、廃棄されるのかも知れないと思っていた。

(五)  本件廃棄処分後の事情

被告甲野は、本件廃棄処分後の同月一〇日、後日の紛争防止のため、内山商事に、「引取り・廃棄証明書」(乙第三号証)、「廃棄物受領書」(乙第四号証)を作成させた。

他方、原告は、前記のとおり平成二年一〇月四日に帰国して本件貸室に戻ったのであるが、鍵が替わっていて中には入れなかったため、被告新井に尋ねたところ、同人は、「部屋の鍵は交換した。荷物は全部ない。自分は詳しいことを知らないので、由本や被告甲野に聞いてほしい。」旨述べて、両名の電話番号を原告に教えた。しかし、原告は、両名と連絡を取ることができず、また、所持金の持ち合わせがなかったので、田中に連絡をとって事情を話し、とりあえず二万円を借りて仮眠できる施設に泊まった。

原告は、泊まるところはもちろん当座の生活費にも困る状態であったので、浦和地方法務局人権擁護課、川口市役所市民相談所、民生委員のところ等に相談に行った後、同年一〇月八日ころ、黄に電話で連絡をとったのであるが、同人は本件廃棄処分のことを知っていると言ったにもかかわらず、同人と会って詳しい事情等を確認したり、同人に預けておいた現金や預金通帳の残高について確認するなどはしていない。

原告としては、黄はマージャンが好きで、以前にも原告がフィリピンに行っている間に二日間に賭マージャンで三五〇〇万円も負けるなどして、原告が債務を肩代わりしたことがあったし、今回原告がフィリピンに行っている間、現金、預金通帳の管理を任せておいたにもかかわらず、賃料を払っていなかったことから、同人とは別れたほうが良いと考え、その後、黄とは連絡をとらなかったのである。

その後、原告は本件訴訟代理人を通じて、被告甲野に説明を求めたところ、同人は、「田中に対して、家賃を支払うか、家財を引き取るよう請求したが、同人がこれを拒否し続け、他に家財を保管する場所もないため、やむなく同人立会いの上で廃棄した。」旨回答した。

2  右認定の事実を総合して判断する。

(一)  本件廃棄処分についての被告らの関与の有無について

(1) 右1に認定のとおり、本件明渡確認書には本日廃棄処分した旨記載されていること、右明渡確認書は被告甲野が本文を記載して持参したものであること、被告甲野は遺留品の目録を作るとか写真を撮るなどのことを具体的に指示していないこと、被告新井は遺留品が本件明渡確認書を作成した平成二年六月一日に運び出されることを知っており、具体的な保管場所が決まっていない以上廃棄されるであろうことを予感していたこと、被告新井は、本件廃棄処分後に原告の本件訴訟代理人に対し、原告の遺留品を保管する場所がないため、やむなく廃棄した旨回答していること等の事実に鑑みると、被告新井はもとより、被告甲野も本件廃棄処分がなされることを十分承知していたものというべきである。

(2) 被告らは、本件廃棄処分は由本の独断で行なわれたものであり、被告らは右処分に何ら関与していないと主張し、被告甲野は、本人尋問において、①本件明渡確認書を作成した平成二年六月一日には原告の遺留品を運び出すとは考えていなかったのであり、その後保管場所が見つかればそこへ移し、見つからなかった場合には法的手段をとるつもりであり、②本件明渡確認書を作成した後四、五日して、被告新井から由本が勝手に荷物を処分したとの連絡をうけ、由本に確認したところ、初めて本件廃棄処分がなされたことを知った旨供述する。

しかし、前記1に認定のとおり、被告甲野は、後日紛争が生ずることを防止するため、内山商事に対しては「引取り・廃棄証明書」、「廃棄物受領書」を作成するよう指示しているのにかかわらず、被告らの右主張からすれば、重要な役割をしたはずの由本に対しては、本件廃棄処分が同人の責任で行なわれたもので、被告らには全く関係がない旨の何らかの書面の作成を要求するなどした形跡がないが、このようなことは、被告甲野が法律の専門家である弁護士であることに照らし不自然であり、被告甲野の右供述部分はたやすく採用することはできず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  本件廃棄処分の違法性

(1) 前記1に認定の事実からすれば他に特別の事情がない限り被告らの関与した本件廃棄処分は違法というべきである。

(2) 被告らは、仮に本件廃棄処分について被告らに何らかの関与があるとしても、右処分は本件条項に基づいて行なわれたものであるから適法であると主張し、本件契約書に本件条項が記載されていることは当事者間に争いがない。

しかし本件条項は、要するに賃借人が賃料を一か月以上滞納した場合若しくは無断で一か月以上不在のときは、無催告で解除され、賃借人の室内の遺留品の所有権は放棄されたものとして、法の定める手続きによらず処分することができるというものであり、賃借人が予め賃貸人による自力救済を認める内容であると考えられるところ、自力救済は、原則として法の禁止するところであり、ただ、法律に定める手続きによったのでは権利に対する違法な侵害に対して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合において、その必要の限度を超えない範囲内でのみ例外的に許されるに過ぎない。

従って、被告らが主張するように本件廃棄処分が本件条項にしたがってなされたからといって直ちに適法であるとはいえない。

(3) さらに被告らは、自力救済として違法性は阻却されると主張する。

前記1で認定したとおり、確かに原告は六か月余も連絡先不明のまま賃料を滞納しているが、法律に定める手続き、すなわち訴訟を提起し、勝訴判決に基づき強制執行をすることができるのであり、右手続きによっては被告新井の権利を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情があったと認めることはできない。

被告らは、本件貸室はフィリピン人ダンサーの住まいとして利用されていたのであるから、安全性の観点からも一刻も早く明渡を受ける必要があり、右特別の事情があった旨主張するが、本件貸室がそのように利用されていたことを認めるに足りる的確な証拠はない。

(4) 他に、右特別の事情を認めるに足りる主張、立証はない。

(三)  右(一)、(二)に述べたとおり、被告らは、違法である本件廃棄処分が行なわれることを十分承知していたのであり、後述する本件貸室の本件廃棄処分当時の状況および前記認定のとおり被告甲野自身は一度も本件貸室内を確認していないことに鑑みれば、少なくとも被告らが本件条項若しくは自力救済により適法であると判断した点に過失が認められる。

従って、被告らは民法七〇九条に基づき原告の被った後記損害を賠償する責任を負うというべきである。

なお、被告新井は、顧問弁護士である被告甲野に任せていたといっても、本件廃棄処分当日本件貸室に入って中の状況を確認しているなど前記1で認定の本件廃棄処分に至るまでの被告新井の関与の程度に鑑みれば、被告甲野が適法であると判断したことを信じたということのみで、同人に過失がなかったということはできない。

三  請求の原因3(損害)について

1  財産的損害

(一)  原告本人尋問の結果により平成元年四月一五日頃の写真であることが認められる甲第一〇号証の一及び二、証人相沢潤四朗(以下「相沢」という。)、同田中の各証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。(但し、証人田中及び原告本人については後記採用できない部分を除く。)。

(1) 由本、田中及び被告新井が、前記認定のとおり、本件廃棄処分当日の平成二年六月一日、本件貸室に入って中の状況を確認した際、指輪やクロコダイルの財布があったので、どうせ捨てるのなら貰っていこうかという趣旨のことを言い、実際に扇風機を持ち帰った。

なお、同人は、本件廃棄処分後の平成二年一〇月一三日死亡した。

(2) 内山商事は由本から本件廃棄処分を依頼され、右内山商事の従業員相沢は、同僚一人と共に二トントラックでアライの事務所に行き、本件貸室の状況を一応確認した。

本件貸室の間取りは別紙図面のとおりであり、右相沢が確認した当時、洋服ダンス一点、茶ダンス一点、一四ないし一八インチのテレビ一台、食器類、電気釜、電子レンジ、洗濯機等の一般の家財道具の他、背丈七、八〇センチメートルの木彫りの置物二個、洋服ダンスの中に紳士物の下着等の衣類やスーツ四、五着、押入の中に布団及び毛布等があった他、ベルト一本、ネクタイ四、五本、靴二足等があり、女性の物はほとんど見られず、相沢としては、単身の成人男子が通常の生活をしていることが窺われたものの、前記物品以外に特に貴重品があるかどうかについて注意を払っていたわけではないので指輪、時計、貴金属等の高価な物品は確認できなかった。

相沢は、本件貸室の状況から、一見して人が住んでいることが分かり、前記家財道具などの物品も廃棄処分するのは惜しい気がして不安に思い、その旨立会人に確認をしたところ大丈夫と言われたため、結局本件廃棄処分が行なわれたのである。

(二)  右(一)で認定した物品以外の本件物品の存否等について

(1) 田中の陳述書(甲第三六号証、第四一号証)及び証人田中の証言中には、同人は由本や被告新井と共に本件貸室に入った際、指輪以外にも高価な時計やブレスレット等貴金属を複数確認したという部分があるが、具体的な場所や由本が持ち帰ったのか否かについて曖昧な証言をしており、また、同人が原告と知り合いであり、本件賃貸借契約の立会人、保証人として本件明渡確認書に署名しているという立場であることを併せ考えれば、これらはたやすく採用することができない。

(2) また、本件物品のうち、高価な貴金属等を原告に売った旨証明する各店舗の証明書(甲第三ないし第八号証、第九号証の一及び二、第一一号証の一及び二、第一二号証の一及び二、第一三号証の一ないし五、第一四号証)がある。しかし他方、右各店舗の証明書に記載されている事実と相反する内容の乙第五号証、第六号証の一及び二、第七号証、第八号証が存することから、実際に原告に売り渡したかどうかについては疑問があるうえ、仮に、真実原告に売り渡していたとしても、前記二1で認定のとおり、原告はロサリと別れた後は黄の池袋のアパートと本件貸室を往復する生活であり、特に平成元年一〇月ころはほとんど本件貸室にはいなかったこと、黄は賭マージャンが好きで以前にも多額の借金を原告が支払ったこともあるなど金遣いが荒かったこと等を併せ考慮すると、右各証拠のみで、平成二年六月一日の時点で存在していたことを認めるに充分ではない。

(3) 更に、原告は本人尋問において、貴金属等良い物を集めるのが趣味であり、年収は二、三〇〇〇万円で平均的な暮らしよりも贅沢な生活を送っていたと供述し、甲第一五号証の一ないし七、第三〇号証は右供述に沿うものである。しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告がその様な高収入を得ていたことを窺わせるような税務申告をしていないことが認められ、右年収を認めるに足りる的確な証拠はない上、右甲号各証は、本件廃棄処分後栃木県の自宅に戻った後の右自宅及びその内部の写真であり、前記二1で認定したとおり、栃木県の自宅からほとんど身一つで出てきて、本件貸室に居住するに至った事情に鑑みれば、本件廃棄処分当時に本件貸室内に存在した物品を認定するにあたり、これらをたやすく採用することはできない。

(4) 平成二年六月一日の時点において、本件貸室には前記認定の物品以外に特殊又は高価な物品が存在したことを認めるに足りる的確な証拠はない。また、前記認定の各物品について、それぞれの価額(時価)を明確に証する証拠はない。

(三)  そこで、右(一)(二)に述べたことを前提として本件不法行為に基づく財産的損害額について考える。

まず、平成二年六月当時単身の成人が、平均的レベルの生活をしていた場合、通常保有する家財の標準的価額(時価)は、概ね二〇〇万円程度であったと考えられる(例えば、日本火災海上保険株式会社平成二年一〇月発行の「住宅、家財等の簡易評価基準」には、独身世帯の家財の時価評価額を一八〇万円としたうえ、実態に即してプラス・マイナス二〇パーセント以内で調整する旨の記載がある。)。そして、このことと前記二1において認定した①原告の職業、生活状況、特に、原告は昭和六二年五月ころ栃木県の自宅からほとんど身一つで引っ越してきたこと、②昭和六三年一二月ころから黄と生活するようになってからは同人のアパートと本件貸室を往復する生活であり、平成元年一〇月はほとんど本件貸室で生活をしていなかったこと、③昭和六三年及び平成元年は一年のうち約半分を海外で生活していたこと並びに本件貸室には前記(一)に認定のような物品が存在していたことを総合勘案すると、本件廃棄処分によって原告の被った財産的損害は二五〇万円を超えないものと認めるのが相当である。

2  精神的損害

右(一)で認定した物品を再び購入するには相当な労力が必要であることは、原告本人尋問の結果により認められ、このことと、原告は帰国後所持金がなく宿泊場所の確保もままならない不安な状況であったこと、前記認定の本件不法行為の態様その他諸事情を併せ考えると、原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は金六〇万円と認めるのが相当である。

四  抗弁(過失相殺)について

原告が、連絡先不明のまま六か月にもわたって賃料を滞納したことは前記認定のとおりであり、内妻の黄や連帯保証人の田中に対して適切な指示をしていなかったという点で原告には過失があったというべきである。

なお、原告は、平成二年二月分までは賃料を支払ったと主張し、また、平成二年四月ころ、被告新井に、フィリピンで誤認逮捕された事情及び帰国後に滞納賃料を必ず支払う旨の手紙を送ったと主張するが、これらの主張を認めるに足りる的確な証拠はない。

原告の右過失と前記認定の本件廃棄処分の全事実関係、特に被告甲野は弁護士であることなどを総合考慮すると、原告の過失割合は三割と認めるのが相当である。

よって、右過失相殺により、原告の損害は金二一七万円となる。

五  弁護士費用

原告が、本件訴訟追行を原告訴訟代理人に委任したことは本件訴訟記録上明らかであり、本件事案の態様、審理経過、請求認容額等諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、金五〇万円と認めるのが相当である。

六  結論

以上のとおり、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自金二六七万円及びこれに対する不法行為の日である平成二年六月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言及びその免脱につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清野寛甫 裁判官田村洋三は転補につき、裁判官香川美加は退官につき、いずれも署名押印することができない。裁判長裁判官清野寛甫)

別紙物品目録<省略>

別紙図面<省略>

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